◆ 法話
〜 おばあさんのひとり言 〜
  数年前のある日のこと。 お寺でのご法座が終わってお同行は三々五々家路につく。 私は後片付けをしようと中尊前のうしろに回って掃除をし始めていました。 とその時、 外陣の方からこんな声が聞こえてきたのです。
  「あーあ、 私の手提げ袋が無うなった。 だれか盗ったんじゃろうか。 困った、 困った」 と。
それはお同行のTさんでした。 近くに居合わせた人も心配して探してくれている様子が私にも伝わってきました。
 たとえば、 法要のあとに履物を間違えられたり、 大切なものを紛失したりすると、 少々興ざめしてしまって、 まわりの人も冴えない思いをしてしまうものです。 見つかればいいのにな、 後ろ堂の用事の手を止めて私も加わって一緒に探そうかな、 と思っていたその時、 「あー、 あった、 あった。 よかった、 よかった。 だれか持って行ったんじゃろうか思うとったんじゃけど。 あった、 あった。 わたしゃ、 ここへ置いとったんじゃー。 ちゅうに年とったらだめじゃねー。 ついさっきのことじゃのにすぐ忘れてしもうて」
とTさんの声。 あー、 良かったなーと安堵する私。 で、 次に聞こえてきた言葉に私は胸が熱くなってしまった。
  「あーあ、 また知らせてもろうた。 ナンマンダブツ、 ナンマンダブツ」
私は思わず涙があふれてしまいました。
 Tさんは忘れ物の在り処を知らせてもらったと喜ばれたのではなかったのです。 縁によっては他人を罪人のようにうけとってしまう自分自身の誤りや頼りなさを如来さまに知らされたことをまた知らされたと慶ばれたのだと、 私にはうけとれたのです。
 Tさんは明治43年生れ、 相手を知らされぬまま15歳で嫁いだといいます。 今の時代から見れば人並み以上の苦労もされたことでしょう。 しかし、 幼い頃から母親に連れられてのお寺参り、 また日曜学校にも通われ、 よく聴聞された人でした。 また、 いつも笑顔で接せられるので、 周りの人にはとても好かれていました。 ところが、 意外なことに家庭の中では、 働き盛りの息子や嫁、 かわいい孫たちに囲まれながらも少々孤立気味だったように見うけられました。
  「若い者とは話も食べ物も合わん。 いつも放っとかれとるみたいで」 とお会いするたびにこぼしておられたのです。 まあそういう事情はどこの家庭でもよくあるものなのでしょう。
 そのTさんが急逝されてもうすぐ3回忌を迎えようとしています。 ご法事であの日のことをお話しようかと、 私は今から頭を抱えているのですが、 さてさてどうしたものか。  自分で置き忘れた物を、 ふと見つけ出したことへの喜び。 そこには、 なにげないふだんの生活の中にもお法〈みの〉りを頂いた人こそが得ることができる小さいながらも確かな慶びがあったのでしょう。 だとすれば 『妙好人』 は身近にたくさん居られるにちがいありません。

 


 

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